| 昭和56年8月1日 |
富士瓦斯(株)の関連会社として、東京都世田谷区成城2丁目39番6号に富士ビデオ企画(株)を設立。資本金1,400万円。代表取締投 津田維良、常務取締役 山縣俊明
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| 昭和56年 |
日本ハム(株)に映像端末機48台を設置し、ビデオによる社内報を制作する。 |
| 昭和59年 |
日本電子専門学校の「就職ガイドブック」を製作。 |
| 昭和59年8月1日 |
ビデオ制作に限らず、広くメディア全般の業務の拡大を意図とし、社名を『株式会社クロスメディア』に変更。 |
| 昭和59年 |
(社)全国大学体育連合の「スポーツビデオ教材シリーズ」の制作を開始。平成15年現在6作品。 |
| 昭和60年 |
(社福)全国社会福祉協議会を通し、全国市町村約250ケ所に日本ビクターとの提携により、5年に渡って ビデオ 関連機器を設置。同時にボランティア関連ビデオの制作を開始。平成15年現在18作品。 |
| 昭和60年10月 |
世田谷区提供のテレビ番組「風は世田谷」の制作、放送を開始。(平成8年3月迄テレビ東京で放送)(株)オリエンタルランド(東京ディズニーリゾート)の映像制作(35oフィルム・ビデオ)を開始。現在にいたる。 |
| 昭和60年 |
ネッスル日本(ミロ)の提供による「サッカースクール」を読売サッカークラブの加藤久、ジョージ与那城、松木安太郎、ラモス、都並敏史他の各氏を指導者として迎え、3年間にわたり全国で開催。 |
| 昭和62年 |
はごろもフーズの提供による「堀江泰子・ひろ子の料理教室」を関東一円の大型スーパーマーケットにて3年間に渡り開催。代表取締役津田維良の死去に伴い、津田恭子が代表取締役に就任。専務取締役 山縣俊明。 |
| 昭和63年 |
テレビ番組「風は世田谷」をレーザーディスク化し、パイオニアとの共同開発の「自動再生機(タッチパネル方式)」を世田谷区内24ケ所に設置。その後、毎年番組をディスク化。 |
| 平成 元年 |
(株)オリエンタルランドに社員を出向。(平成15年現在3名出向) |
| 平成 2年 |
日本ティーボール協会設立と同時に当社内に事務局を設置。ハウスエージェンシーとして協会運営にあたる。 |
| 平成 3年4月 |
世田谷ボランティア協会理事長、牟田悌三氏(俳優)の原作による、小中学生向けのボランティアビデオ教材2本セットの制作、販売を開始現在にいたる。 |
| 平成 6年12月 |
専務取締役 山縣俊明が代表取締役に就任。資本金3,300万円に増資。(12月1日) |
| 平成 7年 |
TDKコアXと目で見るボランティア活動シリーズ及びスポーツビデオテープの契約販売を開始。現在にいたる。
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| 平成 8年4月 |
世田谷区提供のテレビ番組「風は世田谷」の終了と共に同区提供の番組が「MXテレビ・東京ファイル23」に移行。 |
| 平成10年8月 |
サッカー元日本代表、加藤久氏&東京ヴェルディーとタイアップし、群馬県川場村において、小学生・中学生を対象のサッカーキャンプを毎年開催。その後、「Qidsサッカーキャンプ」と改称して、継続開催中。 |
| 平成11年 |
(社福)全国社会福祉協議会主催による、「全国ボランティアフェスティバル」時の総合会場用大型スクリーン上映用のビデオ(ボランティア活動事例を紹介)の制作開始。 |
| 平成12年1月 |
日本ティーボール協会が、特定非営利活動法人の認証を受ける。 |
| 平成12年5月 |
(株)学習研究社と目で見るボランティア活動シリーズ及びスポーツビデオテープの契約販売開始。 |
| 平成13年1月 |
国民的スポーツ「野球」の底辺拡大を目指し、日本ティーボール協会・プロ野球・学校体育・社会体育等の関係者の協力を得『荒川博野球塾』を発足。事務局を協会内に置く。 |
| 平成13年2月 |
(株)ベースボールマガジン社と目で見るソフトボールシリーズビデオテープの契約販売を開始。 |
| 平成14年 |
世田谷区政50周年記念行事の一環で「せたがやのまちづくり」をテーマとした映画制作。記念式典開催会場で上映。 |
| 平成14年 |
パナソニック(株)円谷プロダクションとの提携に始まり制作発表された「DVDウルトラマンシリーズ」の制作開始。現在に至る。 |
| 平成15年7月 |
(社福)全国社会福祉協議会民生部からの委託により全国民生委員の活動PRビデオと制作。全国市町村にビデオパッケージを配布。
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